Wednesday, November 3, 2010

「不浄の手」論

インドには行ったかことがないが、インド、中東、東南アジアなどの地域には不浄の手の観念があり、食事を手で食べるときは右手だけを使うであるとか、握手は右でするのがマナーであるといったことがガイドブックや異文化紹介の本などに書かれている。
googleで調べてみるとヒンドゥーでは、とかイスラームではといった宗教的なものが根拠であるといった説明がされているものがある。大学の異文化コミュニケーションの授業でも、文化の違いで摩擦が起きる例として、そのことを取り上げ、先生は宗教的な理由であると説明していた。

しかし、トルコへ行ったときに「不浄の手」の本当の意味が分かった。
おじさんが個室から出てきて、その時に中指と薬指だけを少し前に伸ばした状態であったのである。これらの地域のトイレは、和式便所の前のカバーがない形のトイレで、基本的にトイレットペーパーがなく、横に水道がついていて、桶でがあったりホースがあったりするものだ。大をしたときにどうするのかといえば、手でふき取って、水で洗うのである。
右利きの人が多いからと左手は拭く用の手になるというわけだ。
 トイレの手を洗う場所には、においの強いソープがおいてある。だから、厳密な意味で汚いということはない。しかし、自分が左手で拭いて相手も左手で拭いているのがわかっているからこそ、この手で相手に触るのは失礼だといった観念を皆が共有することができるのだと考えられる。あの個室から出てきたおじさんのしぐさこそそれを象徴しているのだ。

ちなみに僕は旅行の時に今までは必ずトイレットペーパーを持って行っていたので、左手は不浄ではありません。

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