Monday, November 8, 2010

エスファハンでの出会い

 9月18日にヤズドの宿を出た。シルクロードホテルの従業員はタクシーでバス乗り場まで行くように勧めたがいやだと言ったら急に冷たく早く出ていけとでも言いたげな態度となった。宿をでてロンプラに書いてあるバスターミナル乗り場までの市バスにのったつもりだった。しかし、降りてみると、ヤズドについたときのターミナルはなく、小さなバス乗り場だった。安く上げようと思ったのに結局タクシーに乗って20000リアルも払い、時間もかかってしまった。おとなしく宿からタクシー乗ればよかった。。。

 エスファハンではAmir Kabirという宿にとまった。ここはドミトリーが5万リアル(約5ドル)とイランで止まった中で最安だった。しかし、ドミトリーといってもベッドの部屋はいっぱいだそうで、中庭の地下にある4畳半くらいの部屋に4枚の布団が並べられただけの部屋だった。布団は汚く、シーツが取り換えられて内容だった。気持ち悪いので、持ってきた寝袋を敷いた。前回の旅では使わなかったので、今回は役に立ってよかった。

 高校の世界史で、「世界の半分エスファハン」という記述があるが、これはエスファハンにある、イマーム広場のことである。巨大な中庭の周りを外壁がかこっていて、宮殿とモスクが隣接している。
中庭の芝生では例によって、イラン人たちが家族でピクニックをしたり、友達同士で語り合ったりしている。


 エスファハンには何日かゆっくりと滞在しようと思っていたので、ゆっくり観光することにした。この日は5時にしまってしまうイマームモスクを訪れた。


 イマームモスクの中で、イラン人の家族に声をかけられ、日本人であるというと、写真を撮ろうといわれた。





写真には写っていないが、カミーというテヘランに住む48歳のおじさんの家族で、カミーの両親、奥さんとその親戚で来ていた。写真は左から、カミーの奥さん(愛称はブー、アラビア語でハビビ=愛の意味らしい)、ブーの姪のシェーラ、同じく姪(だったはず)のメーラサとその旦那(写真では切れてしまっている。)シェーラとその両親はドイツのハンブルクに住んでいるという。僕は2年前の夏にハンブルクに1か月ほどホームステイしたことがあったので、どこか親近感がわいた。というかかなりの美人である。カミーたちは今晩飛行機でテヘランに帰るそうだ。モスクを出た後も、お土産屋の通りを歩きながらいろいろと説明してくれて、イラン語でのあいさつや、道の聞き方をノートに書いてくれた(これはこの後の旅でかなり役に立った)。
 最後に電話番号を教えてくれて、テヘランに来たらぜひとも電話するように、そうしたら案内するよと言われた。

 テヘランにもう行かない予定だったが、やっぱり行こうかなと気持ちが傾き始めた。

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