Saturday, January 1, 2011

ステパナケルトという街

 ゴリスは宿の近くにある川を渡った所にある山にこれまたカッパドキアのようなところがあるらしい。朝少し早く目が覚めたので散歩をすることにした。ただ、ロンプラにも詳しく載ってないし、雨上がりなので足場が悪かったので引き返した。もう少し時間を取っていくべきだっただろう。

 朝食を食べた後は、噂の自称ナゴルノカラバフ共和国へと行くことにした。国際法上はアゼルバイジャン領内であるが、紛争以後、住民は全てアルメニア人でアルメニアの傀儡政権が統治し、ナゴルノカラバフ共和国を名乗っている。国旗も「アルメニアの一部です」と言わんばかりのデザインである。国家承認しているのはアルメニアだけである。
 10:30発のマルシュルートカ(1750ドラム)に乗り、途中国境らしきところにあるチェックポイントでパスポートを見せ、13時にはステパナケルトのターミナルへとついた。まずはナゴルノカラバフ外務省に行って入国登録をしなければならない。行くとちょうど午前の部は終わりと言われ、14時まで待つように言われた。対応した係員はいかにもお役所仕事で態度が悪かった。14時に来た係りの人は愛想がよくウェルカムと言ってくれた。ビザは3000ドラムだ。字は手書きであるが、デザインがカラフルなので結構気に入っている。ただし、これがあるとアゼルバイジャンに入れないらしい。。まあ行くことはないと思うが。



宿はエルミラの家という民家に泊まった。シャワーはなしで3000ドラムだった。ただし、イェレバンでみた情報ノートによると、値切れば2000ドラムになるらしい。本体の家の2階にある部屋にベッドが5個くらい並んでいて、外の階段から入れる仕組みだ。


宿が決まったところで、シューシという、かつて戦争で廃墟となった村へ行った。タクシーで30分ほどである。廃墟もたくさんあるが、人も住んでいる。天気が曇っていたということもあったが、あまりいい感じがしなかった。



 ステパナケルトに戻り、この国のシンボルである、パピクタティク像(われらの山)に行った。まあ特になんてことはないが、ここまで来ておいて行かないのはもったいないな程度のものである。


 








夜はケバブ屋でケバブを買い、ビールと一緒に楽しんだ。宿では夜中になってアルメニア人が泊まりに来た。はじめ泥棒かとおもって警戒していたが、向こうが寝るのを見届け、眠りへとついた。

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